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「お母さん。」――仙人になるために一言も口を利かないと約束した杜子春が、最後に口にした言葉です。芥川龍之介の『杜子春』は、大金持ちと一文無しをくり返した若者が、仙人の鉄冠子に弟子入りする話です。なぜ杜子春は約束を破ったのか、そしてなぜ「なれなかったことも嬉しい」と言えたのか。青空文庫の本文で、六つの章の流れと読みどころを確かめました。
この記事では、青空文庫「杜子春」(芥川龍之介、底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房 1968年)の青空文庫の作品ページ(本文の一~六章と底本の情報)をもとに、芥川龍之介『杜子春』について5つのポイントで整理します。後半の、『杜子春』を読み返すときに試したいことは、この記事の提案です。
※この記事は、2026年10月時点で青空文庫「杜子春」(芥川龍之介、底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房 1968年)に掲載されている内容をもとにしています。この記事は、青空文庫で公開されている芥川龍之介「杜子春」(底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房、1968年)をもとにしています。本文は旧かなづかいのため、引用以外は今のかなづかいでまとめています。解釈はこの記事の読み方の一つです。
『杜子春』はどんな話?
舞台
物語は、唐の都・洛陽の西の門の下から始まります。ぼんやり空を仰いでいる一人の若者が杜子春です。
構成
本文は一から六までの六つの章に分かれています。
仙人
杜子春の前に現れる片目眇(すがめ)の老人は、峨眉山に棲む鉄冠子という仙人だと名乗ります。
『杜子春』 5つの読みどころ
1. 二度の大金持ち
黄金を掘り当てても、三年ほどでなくなります。
2. 仙人になりたい
人間に愛想がつき、弟子入りを願います。
3. 口を利くな
何が起きても黙っている約束をします。
4. 母の言葉
馬の姿の母が、息子を気づかいます。
5. 人間らしい暮し
最後に杜子春が選んだ生き方です。
5つのポイント早見表
| ポイント | 青空文庫「杜子春」(芥川龍之介、底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房 1968年)の案内 |
|---|---|
| 二度の大金持ち | 黄金と人の心 |
| 仙人になりたい | 弟子入り |
| 口を利くな | 鉄冠子の戒め |
| 母の言葉 | 「お母さん。」 |
| 人間らしい暮し | 結末 |
一章・二章 夕日の影と黄金
影の頭
老人は、夕日に影を地に映して、その頭に当たる所を夜中に掘ってみるよう教えます。
大金持ち
杜子春は車にも余るほどの黄金を掘り当て、洛陽の都でもただ一人という大金持ちになります。
一文無し
ぜいたくを続けるうちにお金は減り、三年目の春には宿を貸してくれる家が一軒もなくなったと書かれています。
二度目
老人は再び現れ、杜子春は二度目も黄金を手にしますが、これもまた三年ばかりでなくなってしまいます。
三章 仙人への弟子入り
三度目は断る
三度目に老人が現れたとき、杜子春はもうお金はいらないと答えます。
人間に愛想がつく
金持ちのときだけ親しくする人間の薄情さに、愛想がつきたというのが理由です。
峨眉山へ
老人は鉄冠子と名乗り、杜子春を竹杖に乗せます。竹杖は竜のように舞い上がり、春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きます。
四章 「口を利くな」という戒め
一人で待つ
鉄冠子は、杜子春を絶壁の上に残して出かけます。
戒め
「もし一言でも口を利いたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。」と言い残します。
試練
虎と、四斗樽ほどの白蛇が現れ、やがて神将も現れます。それでも杜子春は口を利きません。
虎と蛇
虎と蛇が一時に飛びかかったと思うと、霧のように消えてしまいます。
五章 地獄と父母
地獄へ
杜子春は神将に突き殺され、その魂は地獄へ下ります。閻魔大王の前でも黙り続けます。
二匹の馬
閻魔大王は、畜生道に落ちた杜子春の父母を、二匹の馬の姿で連れて来させます。
鉄の鞭
鬼どもは鉄の鞭で二匹の馬を打ちのめします。それでも杜子春はかたく目をつぶっています。
母の声
そのとき、かすかな声で母が語りかけます。
母の言葉
本文
「心配をおしでない。私たちはどうなつても、お前さへ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。」
黙っていなさい
母は続けて、大王が何と言っても、言いたくないことは黙っておいで、と言います。
約束を破る
杜子春は老人の戒めも忘れて、半死の馬の首を抱き、涙を落としながら「お母さん。」と一声を叫びます。
対比
金持ちのときだけ寄ってきた人々と、自分がどうなっても子の幸せを願う母。この違いが、杜子春を動かします。
六章 洛陽の西の門へ
元の場所
気がつくと、杜子春は夕日を浴びて、洛陽の西の門の下に佇んでいます。霞んだ空、白い三日月、絶え間ない人や車の波と、すべてが峨眉山へ行く前と同じです。
なれなかった
杜子春は、仙人にはなれないが、なれなかったことも反って嬉しい気がすると答えます。
鉄冠子の言葉
鉄冠子は、もし黙っていたら、即座に命を絶ってしまおうと思っていた、と告げます。
新しい望み
杜子春は「何になつても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです。」と答えます。
泰山の家と桃の花
最後の贈り物
鉄冠子は、泰山の南の麓に一軒の家を持っていると思い出し、その家を畑ごと杜子春にやろうと言います。
桃の花
今ごろは家のまわりに桃の花が一面に咲いているだろう、と言い残します。
二度と会わない
鉄冠子は「今日限り、二度とお前には遇はない」と言って去ります。
黄金・仙人・人間の暮し
望みの変化
杜子春の望みは、お金から仙人へ、そして人間らしい暮しへと移っていきます。
くり返し
黄金の場面は二度くり返され、三度目に断るところで物語の向きが変わります。
| 時期 | 杜子春の望み | 結果 |
|---|---|---|
| 一・二章 | お金と楽しい暮し | 三年ほどで一文無しに |
| 三・四章 | 仙人になること | 口を利かない試練を受ける |
| 五章 | (黙り続ける) | 母の声で「お母さん。」と叫ぶ |
| 六章 | 人間らしい、正直な暮し | 泰山の家を贈られる |
鉄冠子は何を試したのか
黙れば命を絶つ
鉄冠子は、杜子春が黙っていたら命を絶つつもりだったと言います。
戒めの意味
つまり、口を利かないこと自体が求められていたのではなく、母の言葉を前にしても黙っている人間かどうかが試されていたと読めます。
晴れ晴れとした声
最後の杜子春の声には、今までにない晴れ晴れした調子がこもっていた、と書かれています。
地獄の描写を読む
森羅殿
地獄へ下った杜子春は、「森羅殿」という額の懸かった立派な御殿の前に出ます。そこにいるのが閻魔大王です。
いくつもの地獄
本文では、剣の山や血の池のほかにも、焦熱地獄という焔の谷や極寒地獄という氷の海が、真っ暗な空の下に並んでいると書かれています。
責め苦
杜子春はそれらの地獄で責められますが、それでも口を利きません。
畜生道
閻魔大王は「この男の父母は、畜生道に落ちてゐる筈だから」と言って、父母を連れて来させます。ここで試練が、杜子春自身の痛みから、親の痛みへと変わります。
「人間は皆薄情です」
薄情な友だち
一文無しになると、昨日まで毎日来た友だちも、門の前を通っても挨拶一つしなくなったと書かれています。
杜子春の言葉
三度目に老人に会ったとき、杜子春は「人間は皆薄情です。」と言います。
母との違い
この「薄情」な人々と、地獄で自分を気づかう母の言葉が、物語の中で向かい合っています。
結末への道
人間に愛想がついて仙人をめざした杜子春が、最後には人間らしい暮しを選ぶのは、母の言葉を通して人間の情を知ったからだと読めます。
映像で思い浮かべたい場面
冒頭と結末
洛陽の西の門の下、夕日、人や車の波という同じ風景で始まり、同じ風景で終わります。映画の最初と最後のカットを合わせるような作りです。
竹杖の飛行
竹杖が竜のように舞い上がる場面は、空の広がりが目に浮かびます。
静と動
絶壁の上でじっと黙る杜子春と、次々に現れる虎、白蛇、神将の動きが対になっています。
『杜子春』を読み返すときに試したいこと
ここからは、青空文庫「杜子春」(芥川龍之介、底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房 1968年)の案内をもとにした、この記事の提案です。
ここで挙げるのは、本文の構成をもとにした読み方の例です。
章ごとに読む
一から六の章ごとに、杜子春の望みを一言で書き出します。
風景を比べる
一章と六章の洛陽の西の門の描写を並べて読みます。
母の言葉
母の言葉の前後で、杜子春の心がどう動いたかを考えます。
声に出す
旧かなづかいの本文を、声に出して読んでみます。「ゐる」「つて」などの書き方にも、少しずつ慣れていきます。
よくある質問
『杜子春』はどこで読める?
青空文庫で公開されています。
杜子春は仙人になれた?
なれませんでした。本人は、なれなかったことも反って嬉しい気がすると言っています。
最後の言葉は?
地獄で母の声を聞いて叫んだ「お母さん。」です。
鉄冠子とは?
峨眉山に棲む仙人で、杜子春に二度黄金のありかを教えた片目眇の老人です。
最後に杜子春は何をもらった?
泰山の南の麓にある家を、畑ごと贈られます。
何章ある?
一から六までの六章です。
杜子春を殺したのは?
絶壁の上に現れた神将が、三叉の戟で一突きに杜子春を突き殺したと書かれています。そこから魂が地獄へ下ります。
父母はどんな姿だった?
畜生道に落ちていて、二匹の馬の姿で閻魔大王の前に連れて来られます。顔は、夢にも忘れない死んだ父母の通りだったとされています。
『杜子春』は、母の一言で「人間らしい暮し」を選ぶ話
芥川龍之介の『杜子春』は、二度の大金持ちと一文無しを経て仙人をめざした若者が、地獄で母の言葉を聞いて約束を破る話です。仙人にはなれなかったものの、杜子春は人間らしい、正直な暮しを選びます。最初と最後の洛陽の風景を比べながら読むと、杜子春の変化がよく見えてきます。