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芥川龍之介の「蜘蛛の糸」は、教科書や絵本で読んだことがある人も多い短い物語です。地獄に垂れてきた一本の蜘蛛の糸を、大泥棒のカンダタ(犍陀多)がのぼっていく話ですが、「なぜ糸は切れたのか」をあらためて考えると、短い文章の中に多くの読みどころがあります。
この記事では、青空文庫で公開されている「蜘蛛の糸」(底本:「芥川龍之介全集2」ちくま文庫)の本文をもとに、あらすじと、糸が切れる場面を中心に5つのポイントでまとめます。後半の、映像作品を見るように場面を味わう読み方は、この記事の提案です。
※物語の結末にふれています。これから読む人は、先に本文を読んでからご覧ください。主人公の名前の一字目は、青空文庫では画像で表示される文字です。この記事では「カンダタ(犍陀多)」と書きます。
「蜘蛛の糸」はどんな話か
3つの章でできた短い物語
「蜘蛛の糸」は、一・二・三の3つの章に分かれています。一章は極楽の蓮池、二章は地獄の血の池と蜘蛛の糸、三章はふたたび極楽の蓮池が舞台です。本文の最後には「大正七年四月十六日」と記されています。
御釈迦様が地獄を見下ろす
ある朝、御釈迦様は極楽の蓮池のふちを歩いていて、蓮の葉の間から下をご覧になります。蓮池の下はちょうど地獄の底にあたり、三途の河や針の山の景色が、覗き眼鏡を見るようにはっきり見える、と書かれています。
蜘蛛を助けた一つの善い行い
地獄の底にいたカンダタは、人を殺したり家に火をつけたりした大泥坊でした。それでも、林の中で小さな蜘蛛を踏み殺そうとして思い直し、助けてやったことが一度だけありました。御釈迦様はそれを思い出し、極楽の蜘蛛の銀色の糸を、地獄の底へまっすぐに下ろします。
「蜘蛛の糸」を読む5つのポイント
1. 糸は「人目にかかるのを恐れるように」垂れてくる
二章で、蜘蛛の糸は「まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら」垂れてきます。暗い血の池の空に、細い銀色の光が下りてくる描写は、映像を思い浮かべながら読みたくなる場面です。
2. 大泥坊だからこそのぼれる
カンダタは糸を両手でつかみ、上へ上へとのぼり始めます。本文には、もとより大泥坊なので、こういうことには昔から慣れ切っている、と書かれています。悪事で身につけた力が、救いの道で役に立つという皮肉な場面です。
3. 「しめた。しめた。」と笑う
途中で一休みして下を見ると、血の池も針の山も足の下になっていました。カンダタは、ここへ来てから何年も出したことのない声で「しめた。しめた。」と笑います。地獄から抜け出せそうだという喜びが、短い言葉で表されています。
4. 後ろからのぼってくる罪人たち
ところが、糸の下の方を見ると、数えきれない罪人たちが、蟻の行列のようにのぼってきていました。カンダタは、自分一人でさえ切れそうな細い糸が、それだけの重みに耐えられるはずがないと考えます。そして「この蜘蛛の糸は己のものだぞ。」「下りろ。下りろ。」と叫びます。
5. 糸はカンダタのところから切れる
その途端、今まで何ともなかった糸が、カンダタのぶら下がっているところから、ぷつりと音を立てて切れます。カンダタは暗の底へ落ち、あとには極楽の蜘蛛の糸が、月も星もない空の中途に短く垂れているばかりでした。糸が切れたのが、ほかの罪人たちの重みでではなく、カンダタの叫んだ「その途端」で、しかも「カンダタのいるところ」からだった、という書き方に注目したいところです。
5つのポイントの早見表
| ポイント | 場面 | 本文の表現 |
|---|---|---|
| 1 糸が垂れる | 血の池の空 | 人目にかかるのを恐れるように |
| 2 のぼる力 | 糸をたぐる | 大泥坊の事でございますから |
| 3 喜び | 一休みして下を見る | 「しめた。しめた。」 |
| 4 叫び | 罪人たちを見る | 「この蜘蛛の糸は己のものだぞ。」 |
| 5 糸が切れる | カンダタのいるところ | ぷつりと音を立てて |
カンダタの心の動きを追う
二章のカンダタの気持ちは、場面ごとに大きく変わります。本文の言葉をもとに、順番に整理してみます。
| 場面 | カンダタの様子(本文より) | 気持ち |
|---|---|---|
| 血の池の底 | 死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり | 心細さ |
| 糸が垂れてくる | 思わず手を拍って喜ぶ | 希望 |
| のぼり始める | 一生懸命に上へ上へとたぐりのぼる | 期待 |
| くたびれて一休み | 糸の中途にぶら下がって下を見る | 疲れ |
| 下を見る | 「しめた。しめた。」と笑う | 喜び |
| 罪人たちに気づく | 大きな口を開いたまま、眼ばかり動かす | 驚きと恐れ |
| 叫ぶ | 「下りろ。下りろ。」と喚く | 拒絶 |
| 糸が切れる | 独楽のようにくるくるまわりながら落ちる | 絶望 |
希望から恐れへの急な変化
表にすると、カンダタの気持ちが、心細さから希望、喜びへと上がっていき、罪人たちに気づいたところで一気に恐れへと変わることがわかります。のぼる高さと気持ちの高まりが重なり、そのあと一瞬で落ちていく構成です。
恐れが叫びに変わる
本文では、カンダタは、糸がまん中から二つに切れて落ちてしまうに違いない、と考えます。この恐れが、「この蜘蛛の糸は己のものだぞ。」という叫びにつながっています。どこで気持ちが変わったのかを、本文の言葉で確かめながら読んでみましょう。
地獄と極楽の描写を比べる
地獄は暗く静か
二章の地獄は、どちらを見てもまっ暗で、ときどき見えるのは恐ろしい針の山の針が光るものだけです。あたりは墓の中のようにしんと静まり返っていて、罪人たちは地獄の責め苦に疲れはて、泣き声を出す力さえなくなっている、と書かれています。
極楽は明るく香りに満ちる
一方、一章と三章の極楽は、まっ白な蓮の花と金色の蕊、何とも言えないよい匂いに満ちています。地獄の「暗さ」と「静けさ」、極楽の「明るさ」と「香り」が、はっきりと対比されています。
三章の御釈迦様と蓮の花
悲しそうな御顔で歩き出す
三章で、御釈迦様は一部始終を見ていましたが、カンダタが血の池の底へ石のように沈むと、悲しそうな御顔をなさりながら、またぶらぶら歩き始めます。本文では、自分ばかり地獄から抜け出そうとするカンダタの無慈悲な心が、その心相当な罰を受けて元の地獄へ落ちたことが、御釈迦様の目から見ると浅ましく思われたのだろう、と語られています。
蓮はまったく気にしない
けれども、極楽の蓮池の蓮は、少しもそんなことには頓着しません。白い花はゆらゆらと萼を動かし、金色の蕊からは、何とも言えないよい匂いがあふれています。一章の冒頭とほとんど同じ描写がくり返されることで、極楽の時間は何事もなかったように流れていきます。
朝から昼へ進む時間
一章では「極楽は丁度朝なのでございましょう。」、三章では「極楽ももう午に近くなったのでございましょう。」と書かれています。地獄での大きなできごとの間に、極楽ではゆっくりと朝から昼へ時間が進んでいたことがわかります。
語り口の特徴
「ございます」でつづる語り
本文は「ある日の事でございます。」で始まり、全体が「ございます」「居ります」といったていねいな語り口でつづられています。語り手が読者に話しかけるような文体なので、朗読で聞いても場面が想像しやすい作品です。
色と光の対比
極楽の蓮の「まっ白」な花と「金色」の蕊、地獄の「まっ暗」な血の池、そして「銀色」に光る蜘蛛の糸。本文には、色や光を表す言葉が多く使われています。明るい極楽と暗い地獄の対比が、細い糸一本でつながれている構図です。
短い言葉の強さ
「しめた。しめた。」「下りろ。下りろ。」と、カンダタのせりふは同じ言葉のくり返しになっています。喜びと拒絶という正反対の気持ちが、どちらも短いくり返しで表されている点も、読みどころの一つです。
映像を見るように場面を味わう読み方
ここからは、本文の内容をもとにした、この記事の提案です。
カメラの位置を想像する
一章は極楽から地獄を見下ろす視点、二章は地獄から空を見上げる視点、三章はふたたび極楽の視点です。映画のカメラがどこにあるかを想像しながら読むと、視点の切りかわりがよくわかります。
音に注目する
地獄は「墓の中のようにしんと静まり返って」いて、聞こえるのは罪人のかすかなため息だけです。その静けさの中で、カンダタの笑い声と叫び声、そして糸の切れる「ぷつり」という音が響きます。音の変化に注目すると、場面の緊張感が伝わってきます。
冒頭と結末を並べて読む
一章の冒頭と三章の結末を並べて読むと、蓮池の描写がほとんど同じであることに気づきます。くり返しの中にある「朝」と「午」の違いを探してみてください。
感想を「なぜ」で書く
感想を書くときは、「なぜ糸はカンダタのところから切れたのか」「なぜ御釈迦様は悲しそうだったのか」と、「なぜ」を一つ決めて本文の言葉から考えると、あらすじだけで終わらない感想になります。答えは一つに決めず、本文のどの言葉からそう考えたのかを一緒に書いておくと、あとで読み返したときにも役立ちます。
「蜘蛛の糸」のよくある質問
カンダタが助けたのはどんな生き物?
本文では、深い林の中で路ばたを這っていた小さな蜘蛛です。カンダタは踏み殺そうとしましたが、小さくても命のあるものだと思い直して助けました。
糸はなぜ切れた?
本文では、カンダタが「この蜘蛛の糸は己のものだぞ。」「下りろ。下りろ。」と叫んだ途端に、カンダタのぶら下がっているところから切れた、と書かれています。三章では、自分ばかり抜け出そうとする無慈悲な心が、その心相当な罰を受けた、と語られています。
どこで読める?
青空文庫で、本文を無料で読むことができます。底本は「芥川龍之介全集2」(ちくま文庫、筑摩書房)とされています。
地獄と極楽はどれくらい離れている?
二章では、地獄と極楽との間は何万里となくある、と書かれています。カンダタがいくら焦ってのぼっても、なかなか上へは出られなかったのはそのためです。
御釈迦様はなぜ悲しそうだった?
三章では、自分ばかり地獄から抜け出そうとするカンダタの無慈悲な心が、その心相当な罰を受けて元の地獄へ落ちてしまったことが、御釈迦様の目から見ると浅ましく思われたのだろう、と語られています。
いつ書かれた作品?
本文の最後に「大正七年四月十六日」と記されています。
「蜘蛛の糸」を本文で読み返そう
「蜘蛛の糸」は、一本の細い糸をめぐって、極楽と地獄、救いと罰が描かれた短い物語です。糸が切れたのはカンダタが叫んだ途端で、しかもカンダタのいるところからでした。極楽の蓮は何事もなかったように咲きつづけ、時間は朝から昼へと進んでいきます。
短い作品なので、映画の一場面を見るように、色や音、視点に注目しながら、ぜひ本文で読み返してみてください。